コペルニクス的転回

ソーシャルゲーム等のサブカルチャーを心理学的アプローチで考察するブログです。

【ソシオニクス】“クアドラ”でA3!キャラの社会生活スタイルを覗こう①~「思慮深い」と「大胆不敵」

第四回公演の予告が来ましたね!久々の公演ということで非常に楽しみです。シーズンイベ等でもイベストは読めますが、やはり公演のイベストのほうがパーソナリティに迫る部分が大きいので筆者的にはとても重要だったりします。それと単純に綴がどんなお話を書くのかというのはいつも楽しみです!

ソシオニクス・4つのクアドラ

さて今日は先月頭にツイッターでちょこっとお話したクアドラについてのお話です。 3回くらいに別れてしまうかもしれませんが続けて更新していこうと思いますのでお付き合いいただけると嬉しいです!

 該当ツイートはこちら。社会的価値観とありますが、「社会生活の送り方」だと思っていただいて結構です。他者との付き合い方・距離感何を目的に行動(仕事)をするのか、というのは人によって様々です。ソシオニクスでは、モデルAを元に社会的価値観が似通った4つのグループに分類されるとし、それぞれアルファ(α)ベータ(β)ガンマ(γ)デルタ(δ)に分類しました。表の右側にもあるようにこのクアドラはMBTIで使われる心理機能、すなわちソシオニクスで言うところの自我ブロックと超イドブロックの心理機能で振り分けられています。自我や超イドは我々のパーソナリティや自己実現に直接作用する要素だからです。

A3!のキャラクターを使ったクアドラ表と、タイプ別のクアドラ表の二つを用意致しましたのでご覧ください。

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※全てMBTI表記になります。

要素①「思慮深い」と「大胆不敵」

さて、今回は各クアドラの説明文にある要素について先に説明しましょう。要素①で表記されているのは「思慮深い」「大胆不敵」です。これは行動や仕事に対する考え方ですが、人間関係にも関わってきます。

思慮深い(アルファ・デルタ)

英語表記だと「Judicious」となります。賢明とか思慮分別のあるという意味ですね。物事の道理をよく考え、深く思いを凝らして判断する傾向にあります。腰が重いです。良い言い方をすればよく考えてから行動する慎重派ということ!一方の「大胆不敵」ですと、行動に対する分析的なプロセスは必要としないので腰は重くありません。“まかぬ種は生えぬ”といった考え方です。

要素①に「思慮深い」を持っているクアドラはアルファデルタ。つまりSi-Neペアを持っているタイプの集団です。ちなみに筆者はアルファなのでこの「思慮深い」になります。

内向的感覚(Si)…事実を自身の感じた五感データを参照し分析(まず安全確認んをする)
外向的直観(Ne)…インスタントで不確定的なひらめき(「もしかしたら○○かもしれない、しかし一方で△△であるかもしれない」)

このように心理機能の要素から見ても、行動に移すまでのプロセスに時間を要します。知覚と行動の間に「分析・話し合い」と言うインバータ(変換器)がなければ作動しません。枯れてるチューリップが目の前にあっても「あっ枯れてる!とりあえず水をあげてみよう」となるタイプではなく、「昨日の夕方まではキレイに咲いてたのに今日は萎れていて可哀想…。はっ…もしかして昨日ボクが水をあげすぎちゃったから?(Si)」「水をあげただけで元気になるのだったら、今日だって元気だった筈だ。もしかしたら天候が関係しているのかも。あ、それとも肥料の種類かな?(Ne)」等と、一旦立ち止まりアレコレ話し合ってみるチームです。何かを実行するうえで、この「分析・話し合い(準備段階)」が最も重要だと考えます。何か仕事をするときは話し合い→実行→話し合い(おやつ休憩)→実行→話し合い(お昼休憩)…このように何度も休憩をはさみ、次の行動をするためにリラックスして会話ができる環境が用意されていることを好みます。楽しそうなアイデアを試し(Ne)それが自分達にとって素敵で快適である(Si)ような環境を作ります。5人中4人がこの「思慮深い」で構成されているのは夏組と冬組です。この2つの組は比較的レクリエーションの描写が多いですね。(花火、お絵描き大会、飲み会、ドライブなど) 行動をするための準備(分析・話し合い)を大事にするということはすなわち和気藹々とした協力関係が築ける人間関係を好むということです。アルファの椋と誉が開催する「お茶会」は、紅茶を飲みながら会話を楽しむことを目的としており非常に「思慮深い」人々らしさが顕著に出た遊びですね。(アルファの人々は情報交換が大好きです)

行動に対する人間の状態は①リラックス②準備③行動の3つがあります。①リラックス状態というのは「思慮深い」の人々にとってデフォルトの状態であり、①リラックス状態から③行動へ移る時にはインバータ(②準備)が必要ですが、③行動から①リラックス状態に戻る時にはインバータが要りません。ESTJ型で厳格な印象の左京も、本来の彼は映画・漫画・テーブルゲーム等のリラックスした趣味を皆と一緒に楽しめるような性格です。基本的に左京が指示出しをするのは義務に対してであり、それがきちんと快適に(Si)行われるために人々を統率します。

大胆不敵(ベータ・ガンマ)

英語表記だと「Decisive」です。決定的とか断固たるという意味です。物事がはっきりと決まっており、態度などがきっぱりとしている…そこに思考的プロセスがないといった様ですね。前述した「思慮深い」が知覚と行動の間に「分析・話し合い」というインバータがあるのに対し、大胆不敵タイプはこのインバータなど無くても行動することができます。便利!イイネ~!!

要素①に「大胆不敵」を持っているクアドラはベータガンマ。つまりSe-Niペアを持っているタイプの集団です。

外向的感覚(Se)…事実をありのまま五感を使って能動的に知覚。(安全確認などはせず、力で押し通す)
内向的直観(Ni)…熟成されていて確定的なひらめき。(「きっとこれは○○になるはず。間違いないだろう」)

このように心理機能で見ても「思慮深い」の人々のように話し合いというインバータを挟む必要性を感じられません。先程の枯れているチューリップの例を「大胆不敵」のチームでやってみると「とりあえず水をあげてみて、ダメだったら違う方法を試してみよう(Se)」「この花が枯れた原因は水分過多だと思うんだ。水やりの感覚を空けてみるね(Ni)」と、分析の時間を設けるまでもなく知覚が行動に直結します。「大胆不敵」の人々にとってはとりあえず行動しないことには何も話し合うことなんて何もないのです。となると「大胆不敵」の人々が重要視するのは「思慮深い」とは反対に「行動そのもの」になります。5人中4人が「大胆不敵」で構成されているのは春組ですが、稽古や公演中の描写、また綴の脚本執筆の描写など「行動中の出来事」に関する部分がフォーカスされることが多いですよね。ですので人間関係はこの「行動」を通して築かれがち。行動を重要視するということはすなわち互いに切磋琢磨し合える刺激的な人間関係を好むということです。チューリップの例でSeは「水をあげてみてダメだったら違う方法を試そう」と言っており、Niは「水やりの間隔を空ける」と言っています。両者の意見は食い違っていますが、ああでもないこうでもないと可能性を推測し合うのではなく行動を通して二者同士の意思疎通が執り行われています。ことなかれ主義っぽく見えるISFP型はガンマに所属していますが、彼らはふわふわ系ことなかれ主義に見えて「自分にとってのフィール・ソー・グッドな体験」については非常に貪欲でありそこにパワーを注ぐタイプです。やはりそこはSeなのです。密もおいしそうなマシュマロが食べられる機会(③行動)の前では「今すぐ行こう」「今すぐ試そう」などと超能動的になります。またNi優位である綴や幸は基本的に人生そのものが「目的を達成するためにあるもの」であり、③行動(執筆活動や衣装のデザイン)をしていない時間も常に行動のための②準備期間のようなものです。「大胆不敵」の人々は通常状態がこの③行動のための②準備時間であり、「思慮深い」とは違ってインバータ無しで③行動に移ることができます。しかし逆に③行動から①リラックス状態に移ることは難しく、何かしらの別な外的刺激(これが「大胆不敵」にとってのインバータ)が必要であることがあります。

「思慮深い」と「大胆不敵」についての所感

筆者は前述したようにアルファなので「思慮深い」なのですが、たしかに行動に対する腰はものすごく重いです。まず理由がないと行動しませんし、その理由をアレコレ考える時間が結構楽しかったりします。一方で「大胆不敵」の友人や私の両親は私が行動をするための楽しそうな方法を考えていたりすると「とっととやっちゃえばすぐ終わるのに」と言ってくるのです。いや、そうじゃない。どうせやるなら時間がかかっても楽しくやったほうがいいじゃないの?と思うんですが…。これは「思慮深い」と「大胆不敵」の差ですね。厳格な印象のSTJ型が「思慮深い」というところに納得がいかない人も居らっしゃるかもしれませんが、彼らをよく知ると基本的に厳格で居るのは「義務感」であり、自分が不快になりたくないから厳格に振る舞っている節があると思うんです。天馬も左京も丞も、楽しんでも良いとされている時間にはみんなでスポーツやゲームをしてリラックスした雰囲気を楽しんでいますので、なるほどな~と思いました。大胆不敵のほうはわかりやすいですね。なんか行動するために生きてる感じがします。Niの人たち(綴、幸、監督)は基本的に思慮深い人々のようにリラックスを楽しむことに一番抵抗がある人達なんですよね。よくこの人達がリラックスした遊びに誘われている時「こういうのも、たまにはいっか!」と自分に言い聞かせている描写が多いです。もっと精神と肉体を大事にして人生を謳歌して欲しいものですが、彼らにとっての謳歌とはきっと「楽しむ」ことではないんでしょうね…。でもそれじゃあカラダに悪いから、臥薪嘗胆も程々にね(笑)

次回は要素②の「コメディ」と「シリアス」についてご紹介します!長くなりますが、しばらくこのクアドラのお話にお付き合いください~