コペルニクス的転回

ソーシャルゲーム等のサブカルチャーを心理学的アプローチで考察するブログです。

【ソシオニクス】“クアドラ”でA3!キャラの社会生活スタイルを覗こう②~「コメディ」と「シリアス」

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メインストーリー第2章とても美しく素晴らしいお話でしたね!新劇団員の分析も既存キャラクターの分析が終わり次第にはなりますが、行っていきたいと思います。筆者の所感等は今のところふせったーを使って公開しておりますので、気になる方はTwitterをチェックしてみてください!思いのほか千景さんのことが大好きになってしまいました。春組では綴推しだったのですが、推し増しします(笑)

さて、期日が空いてしまいましたが前回の続きです。シリーズものですので、こちらをまだ読んでない方は先にご覧ください! 

前回はソシオニクス・クアドラの要素となる二分法の「Judicious(思慮深い)」と「Decisive(大胆不敵)」についてのお話でしたね。基本的に当サイトでは皆さんが楽しく&わかりやすく読めるような表現(意訳ですね)を使うことを心がけているので、名称については元来の英語表記も合わせてお伝えしております。まぁ立ち話もなんですので、早速ご紹介に参りたいと思います!(クアドラ表は毎回貼っていきたいと思います)

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※全てMBTI表記になります。

 要素②「コメディ」と「シリアス」

要素①と要素②の組み合わせでどこのクアドラに所属するかが決まります。残りの要素はコメディとシリアスです。

コメディ(アルファ・ベータ)

 英語表記だと「Merry」です。陽気な・愉快な・お祭り気分…といった意味です。のメリーだと思っていただければ、みんなでワイワイと笑い合うような楽しげな雰囲気が好きな集団だというのはお分かりいただけるかと思います。アルファのINTP・ベータのISTPなどは楽しげなイメージと言われても「そうか?」と思いがちだと思いますが、「シリアス」と比較して人付き合いに独立した距離感を要するグループであるという点で「コメディ」の要素を持つことに納得していただけるかと思います。

要素②に「コメディ」を持っているクアドラはアルファベータ。つまりFe-Tiペアを持っているタイプの集団です。表の上半分にあたります。ちなみに筆者はアルファなので「コメディ」になります。

Fe…周囲の感情的雰囲気を重視(例:落ち込んでいる彼を励ますためにたこ焼きパーティを企画しよう)
Ti…相対的な理論を重視、様々な手法を比較検討しより合理的な手法を模索する、懐疑的(例:薬Aは効き目があるが毎日欠かさず飲まないと効果が出ない。効き目は弱いが毎日飲まなくても良い薬Bとどちらがコスパに優れるだろうか?)

社会的な観点から見た心理機能としてはこんな感じですね。「コメディ」の人々がMerryと呼ばれるように、集団の楽しげな雰囲気を重視します。個人的なマイナス感情等を持った人に対して、親身になって同調するよりも客観的な励ましおよび理論的なアドバイスをしたがります。個人と個人は独立した存在であると考え、シリアスのように個人的な問題を共有するよりも個人を集団の雰囲気に戻してあげるよう努めます。他者の感情を操作すると言うのが適切な表現になるでしょうか。例としてFe「落ち込んでいる彼」とTi「効き目のある薬」の話をしました。後述するシリアスの例と比べてコメディの考え方は個人の事情をほとんど考慮していません。外向的感情(Fe)が行った“たこパの企画”は、シリアス側から見ると落ち込んでいる彼の悲しい気持ちは無視しているように感じられますよね(笑)コメディ的には良かれと思ってやってるのですが…。そして内向的思考(Ti)が考案した薬のコスパを巡った議論。シリアス的には「効き目があるか(善)、ないか(悪)」のような価値観で判断するのに対し、コメディの思考は相対的です。相対的というのは「状況や視点が変われば正解(善)は変わる」という意味ですね。これもまた個人の事情はガン無視しています。効き目がある薬がAであるのは事実だとしても、効能を求める人の目線と薬を飲む煩わしさを減らしたい人の両方の立場に立って考えることができるのです。これはグループ向きの考え方と言えるでしょう。

個人×個人の関係を求める「シリアス」と違い、あくまでも“集団の中の自分”を意識します。「コメディ」が個人の事情を考慮されると、和を乱しているような申し訳ないような気分になることがあります。ISTP型も「コメディ」ですよ、と前述しましたがやはり意識は集団に向いているため茅ヶ崎至さんは熱意がなく集団の雰囲気についていけなさを感じて劇団を辞めようとしました。ENFJ型の監督もまた「コメディ」なので、至の気持ちに寄り添うことはあまりせずやはり「感情の操作」という形で「立花いづみとしての独立した意見」をぶつけていましたよね。こういった観点からストーリーを見るのは非常に面白いものです!

シリアス(ガンマ・デルタ)

英語表記だと「Serious」です。シリアスそのまま(笑)まじめな・真剣な・ゆゆしい・重い…といった意味です。二次創作を楽しまれている方にはおなじみの単語ですね。「Merry」の意味は軽率なイメージですが「Serious」の意味は深刻なイメージです。ガンマのESFPやデルタのENFPなどはおふざけや冗談が好きなイメージがあると思いますが、他者に対して心から同調することで絆を深めていくスタイルを取る点グループであるという点で納得していただけるかと思います。

要素②に「シリアス」を持っているクアドラはガンマデルタ。つまりFi-Teペアを持っているタイプの集団です。表の下半分にあたります。

Fi…個人的な感情や価値観(好き・嫌い)を重視(例:落ち込んでる彼の話を親身になって聞いてあげよう)
Te…目に見える事実を重視、客観的に正しいとされる考えを採用、確信的(例:薬Aはとても効果があったから毎日欠かさずに飲もう)

 「コメディ」の説明を見ていただいているのでなんとなく分かってきてはいると思いますが、「シリアス」は個人の事情を考慮します。先程外向的感情(Fe)は他者の感情を操作すると表現しましたが、対する内向的感情(Fi)は他者の感情に侵食されると言う表現が適切かもしれません。悲しんでる人が居たら自分も悲しくなっちゃう。他者の感情が流れ込んでくるように感じます。操作なんてとてもじゃないけど出来ないので、一緒にマシュマロ食べて悲しみを共有するような接し方をします。そして外向的思考(Te)は内向的思考(Ti)に対して絶対的な「正しさ」を重視します。コメディが「効き目が薄いけど飲みやすい」とされる薬Bも合わせて提案していましたが、この薬Bは絶対的価値観を持つシリアスの前では「効かない薬」とされてしまいます。薬Bがいくら効かないと言っても「何も飲まないよりは幾分マシ」になるのですがこれこそがまさに相対的評価(飲まない状況との比較)です。シリアスの人に薬Bを勧めさせるには「毎日薬を飲むのが困難な状況であること」を伝えないといけません。ほら、個人の事情話しちゃってるでしょ!

という感じで集団を優先的に認識しているコメディと比べて、あくまでも“集団は個人の集合体”として個人を優先的に認識しています。再び1幕の春組メンストの話に戻りますが、シトロン(ESFP)は集団を意識して怪我を隠そうとした至に対し無理をしちゃダメだと心配していました。「真夜中の住人」での丞(ISTJ)もまさにそうですね。東さん(ENFP)もシリアスなので、心に秘めてはいましたが個人の事情を分かち合えるような関係を築きたいと願っていました。

集団主義の咲也と個人主義の密

わかりやすいイベストがあるので紹介しましょう。『Merry,Xmas! Mr.Blooming』でのメインキャラクターであった咲也(ISFJ・コメディ)と密(ISFP・シリアス)の行動です。咲也はクリスマスの思い出があったにも関わらずそれが「個人的かつ良くないもの」であったので、皆の前で発言することを控えました。それを知ったシリアスの密は「話さないで後悔するなら話した方がいいとオレは思う」とアドバイスします。一見これはお互いの意見が合っているかのように感じられる会話ですが、お互いが重視している価値観には決定的な相違があります。咲也の所属するアルファと密が所属するガンマは対称的な価値観を持つクアドラなのです。

咲也「みんなに『クリスマスの思い出はない』と嘘をついてしまって申し訳ない」(自分の悲しみを分かってもらうことには興味がない) …集団に目が向いている
「咲也が罪悪感を抱えるのは可哀想。言わないで後悔するなら言ったほうがいい」(咲也がみんなに嘘をついたことには興味がない) …個人に目が向いている

咲也は「みんなにウソをついてしまったこと」密は「咲也の罪悪感」に目が向いています。このクリスマスイベントになんとなく【不思議な雰囲気】のようなものを感じた方がいらっしゃるかと思いますが、私はこの不思議さはこのような「噛み合っているような、噛み合っていないような」感じがまた、クリスマス特有の「静寂と暖かさのマリアージュ」のような雰囲気を醸し出しているのではないかなと感じております。

ついでに、関連したつぶやきもここで紹介しておきましょう。

このように咲也が「クリスマスのMerryな雰囲気」を大事にしている一方で、密は最後まで咲也個人の事情(クリスマスに良い思い出が無いこと)を気にかけて行動していました。二人が「コメディ」と「シリアス」で、対称的なクアドラに所属するということを踏まえてもう一度ストーリーを見返してみるときっと面白いかと思いますよ!

「コメディ」と「シリアス」についての所感

私は人間関係に心的距離を要しているの「コメディ」を要素に持つクアドラですが、実際シリアスのような「近くて個人的な」関係はすごく苦手です。もちろん仲良くしている友人にシリアス側の人間も居ますが、お互いがMBTIやソシオニクスを知っていることもあり「あなたはそういう考え方をするよね」と割り切って考えることができているので互いにストレスになることもほとんどないです。ただやはり相手を理解しようとしていない状態だと、シリアスからコメディは「発言が嘘っぽい」とか「屁理屈」と感じるでしょうし、コメディからシリアスは「お前にオレの何が分かるんだ」とか「短絡的すぎる」と感じるでしょう。コメディ側もシリアス側もどちらも相手のために良かれと思って行動しているのです。

ISFPとISFJの例を出しましたが『ギラギラ 渚のPASSION』もISFPとISFJのすれ違いを描いていましたね。コメディとシリアスの比較で言えば『異邦人』『主人はミステリにご執心』『ぜんまい仕掛けのココロ』なども主演と準主演がそれぞれコメディとシリアスで分かれておりますので合わせて読み返してみるとまた違った見方ができるかもしれません。

次回は各クアドラについてご紹介できたらと思います!淡く儚くご期待ください。