コペルニクス的転回

ソーシャルゲーム等のサブカルチャーを心理学的アプローチで考察しているブログです。その他コラム等も。

【イベスト感想】「三好一成」と“ホントのじぶん”~『SHI☆NO☆BI珍道中』感想~

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こんにちは~!ドメインを変えたのでそろそろ私のブログが検索エンジンから消える頃合いかなぁ?と思ったのですが(はてなブログのSEOの恩恵を受けられなくなるからです)、何故かPV数が落ちず…。おかしい!
記事に依るんだけど例えば「斑鳩三角 性格」とかでググってみたらちゃんと新しいドメインで上位にリンクされてるんです…!当ブログの場合、競合サイトがあまりないというのはもしかしたら大きいのかも知れませんが。
SEOって絶対がないので難しいです。都度何が優先されるかって変わっていくから、去年適用されていたものが今年は適用されなくなっていたりというのがザラ。まぁもしかしたらこれからアクセスダウンが始まるのかもしれないし、まだまだ油断はなりませんね(笑)ですのでツイッターなどで記事を紹介したりRTしてださる方には本当に頭が上がりません…!ありがとう!何はともあれ私は常に楽しい記事を書いていかねばなりません。

さて、今回は夏組第5回公演の感想記事です!もう秋組第5回公演が始まってますが(笑)
前回ナイランが1万字という異例の文章量でしたので今回はもうちょっとサッパリまとめたい…と思っていたのにまた長くなってしまいました。いや、ボリュームのある考察が読みたいという方もいらっしゃるとは思うのですが、読むのに10分以上かかってしまうのでは…っと、こんな雑談で既に500文字弱を消費してしまった…!!ただちに本文に参りましょう。

っとその前にお決まりの文言を。当ブログは普通のファンブログではなくA3!を心理学を用いて分析・考察するブログとなっております。なので通常の感想をお求めの方のご期待には添えないものである可能性がありますのでご了承ください。少しでも興味を持ってくださった方は、分析心理学の基礎記事や各キャラクターの個人分析(まだ途中です…)をお読みいただければと思います。

 

『SHI☆NO☆BI珍道中』イベントストーリーを読みました

主演:ENFP型、三好一成の分析記事はこちら↓ 

はじめに…「気質論」のおさらい

このイベントストーリーを考察するうえで、久々に「気質論」について振り返ることにしましょう。
こちらの記事をまだ読んでいない方は「NF型」の項目をお読みいただけると嬉しいです。主演の一成(ENFP型)だけでなく準主演の三角(INFP型)も同じ「アポロ型」になります。

NF型についての理解はこの「気質論」を読むとグッと深まると思います。
筆者も同じN型ではありますが、NF型について最初は漠然としたイメージしか理解できず…気質論に触れてからようやく少し深い部分まで理解することができました。とは言えまだまだ勉強・思考を続けなければなりませんが!

ENFPらしさ「自分らしい生き方を探すこと」

さて、気質論の「アポロ型」の項目をおさらいしていただければ多少は理解していただけると思うのですが、NF型の人生の目的は『自分探しの旅』です。NF型でも4つのタイプが居ますので細かいところが違ってはきます。
ENFP型は知覚機能の外交的直観(Ne)を主機能とし、「信念を貫く」よりも「あらゆる可能性を模索する」タイプになります。
私はNFP型を夢想家(romanticist、NFJ型を理想家(idealist)と定義しています。
夢想が「あてもないこと・心地の良い夢を心に思うこと」であるならば、理想は「人々が実現したいと願う最善の目標」のことです。理想は実現することを目指すという点で夢想に比べて現実味が高いです。これがNFJの価値観であるならば、NFPの一成や三角の価値観は実現性にはそこまで重きを置きません。
「こうあるべきである筈」のではなく「こうでも良いかもしれない」。同じ『自分探しの旅』を掲げたタイプでも信念タイプのNFJ型…綴や監督とはかなり印象が違いますね。NFP型の理解の上でこの「模索」や「かも」という曖昧な言葉は重要です。
以上のことを踏まえてからイベストを読むと格段に理解が深まるかと思います。

ENFP型の主演イベントは過去にもありました。そう、当ブログでも3度に渡って取り上げてきた『真夜中の住人』です。主演の雪白東は一成と同じENFP型です。

過去に交通事故でご家族を亡くした東がただ単に「トラウマを乗り越えよう」というだけの話ではなく、お芝居への取り組み方や冬組メンバーとの向き合い方、過去の自分自身との向き合い方など広いテーマについて悩み、冬組そのものが良い方向に変わっていくというお話でした。
東もこの公演の役作りの上で「ひとりになってみるのも良いかも?」と元々住んでいた自宅マンションで過ごしたり、演劇をする理由を丞や誉に聞いてみたり、ずっと自分が「本当はどうしたいのか?」を模索してひとまずの結論を出し公演に挑みました。
こうやって概略的に書き出してみると、『SHI☆NO☆BI珍道中』と『真夜中の住人』ってテイストが違うだけでかなり似ていることが分かりますね。そしてここまでテイストを変えて同様のテーマが書けるということはとても評価すべきことだと思います。

『真夜中の住人』の東も、お芝居との向き合い方や冬組の皆との人間関係の中で「一般的にそうしたほうが良いと思われていること(理想)」と「自分がこうしたら心地良いかも?と思っていること(夢想)」との間で悩んでいました。「大人だから他者に配慮して付き合わなければならない」という理想に対し「そんなつながりでは寂しい。ボクはもっと深く繋がりたい」と東は思っていました。これが東のナマの感情であり「自分らしさ」だったし、その気持ちを無視することができなかったのです。

そして同タイプの一成も東と同様このような広く概念的なテーマに悩みました。単に「留学するか?お芝居を取るか?」というだけの問題ではなく、もっと広く概念的テーマである「自分らしさ、自分の生き方」について悩んでいたのです。

「いつかのオレが後悔しない選択よりも、いまのオレが後悔しない選択をしたい。」
理想で言えば留学を選んだ方が良かったのかもしれません。本場のアートを学んで絵を極める…一般的にそうした方が良いと思われるのは俄然、理想のほうです。(これは天馬くんも言っていましたね)
しかし一成は夢想家。理想を追い求めることで捨てなければならない多くの「あてもないものたち(夢想)」を一成は無視することが出来ませんでした。
これは一成が「理想」を追い求めてみた結果、少し後悔を残すことになった過去の経験が大きく関与していました。

N型はマセガキ?

あくまでも傾向ではありますが、よく「N型の子どもはS型の子どもに比べて、大人びている」と言われる傾向にあります。(主にはNeかもしれません)

ENTP型の筆者も「子供らしく無邪気であったか?」と聞かれたら答えはNoです(笑)近所の子どもたちに「あそぼー!」と誘ってもらえるのですが、鬼ごっこをしたり秘密基地を作ったりおままごとをしたり…そういった子どもらしい遊びにあまり興味が持てず、人に合わせるストレスでよく引きこもっていました(笑)当時好きだったものと言えば、お絵描きと詩を作ることと作曲、生物学の図鑑や日本地図を見て勉強することとテレビゲームです。とにかく創作活動と新しい知識の習得にとても興味がありました。そして今ほど明るくキャッチーな印象ではなかったかなぁ…とも思います。内弁慶だったのです。
そういえば同様に作中に登場するENTP型の誉の子ども時代も「子どもらしい子ども」とは言い難い印象でしたね。(『主ミス』にて幼い誉の回想シーンがあります)
またENFP型の東も、8幕にて自分の幼少期のことを丞に語っていますが、無邪気な子どもというよりは目立った兄弟喧嘩などもなく落ち着いた印象の子どもだったことが伺えます。ここまで挙げたキャラクターおよび筆者の全員が大人になった今のほうが何故か子どもっぽいですね(笑)

さて本題に戻りましょう!(笑)
幼き日の内向的な一成もある意味では今と変わりません。幼かった彼なりに自分を模索していたのではないかと私は思いました。「いつかのオレが後悔しないように生きてみるのが良いかも」――幼かった一成は漠然とこう考えていたので、勉強を一生懸命頑張って優秀な成績をおさめていました。一般的には「勉強をしなかった子」よりは「勉強を頑張った子が」素晴らしいし評価されます。なのでそれで何も得なかったわけではありません。

しかし一成は大きく後悔が残っていました。「あの時我慢したからこそ目標が達成できた」と思えるかと思いきや実際に頑張ってみたところで一成はそうは思えなかった。「目標は達成できたし満足はしたけど、我慢していたことがあって後悔している」本当はもっとたくさんのことを吸収して友達もたくさん作って「今しかできない学生生活」を送りたかったんだと思います。もっと言ってしまえば「オレにしかできないこと」。

一成は高校入学と共に心機一転!今のパリピにキャラチェンジしました。「友達たくさん作ってみたら良いかも?」結局このチャレンジも後に「友達はたくさん居るけど本音で話せる人がいなかった」と後悔することになるのですが、こういった「かも?」の繰り返しで一成は本当に自分を見つけていくのだと思います。その道程を今回我々は垣間見たことになるんですね~!

一成と同じように悩んでいた三角のFi「さびしい」

さて同じ夢想家の仲間である三角です。彼は内向型ですから一成ほど広範囲に渡る模索はしません。
三角にとっては「オレの内側の気持ち」こころがあったかさんかくであることが一番重要になってきます。こころがあったかさんかくになるという条件のもと人生を模索しています。

そしてそんな三角、はじめて出来たねこさん以外のおともだちである一成が「留学をするかも?」とのことで、なんとなーく漠然とモヤモヤしてしまいました。内向的感情(Fi)というのは自分の内面の感情に対して意識が向いているためとても敏感なのです。

三角は監督に「『がんばって』って言わなきゃいけないのに言えなかった自分が嫌だった。友達だからよろこんで応援しなきゃいけないのに」と語りました。「友達だからよろこんで応援しなければいけない」というのは理想論です。それでも三角の中にあった大きなもやもや…かずが遠くに行っちゃうのはさびしいという気持ちをどうしても無視することができませんでした。このように夢想というのは何かを達成することにいてはもしかしたら邪魔なものなのかもしれません。“かずが遠くに行っちゃうのはさびしい”というのは三角の中にある個人的な感情(Fi)に過ぎないからです。
しかしこのような個人的な感情というのが一成にとっては非常に大事な判断要素になってきます。結局今回一成が選んだ結論「夏組のみんなと板の上で過ごす数百時間を選ぶ!」も一成が個人的にそうしたかったことです。これは1+1=2のように明確な答えがあるものではなく、そうしたからと言って利益があるかも現段階ではわからないことです。そう、あてもないことであり心地の良い夢(夢想)…としか言えないことでもあるのです。

性格類型論全般の面白いところとして、主機能が殿様であるのに対し第2機能(②創造)と第3機能(⑥出動)が忍者の役割をしています。一成は殿様Neの元に忍としてFiとTeが働いているのに対し、三角は殿様Fiの元に忍者としてNeとSiが働いています。持っている価値観はとても似ている二人ですが、決定権を持つお殿様も違えば働いている忍者も違います。「似ているようで微妙に違う」鏡像関係の二人の面白い関係性です。三角は大事で特別なともだちである一成に笑顔で居て欲しかった…つまり自分自身が大切にしている「こころの中のぽかぽか」を一成にもあげたかったのです。

▼鏡像関係についてはコチラ▼

Te「セオリー」と天馬の声

前半部分にてNFJは理想家であると書きましたが、外向きの判断機能(Fe及びTe)というのが「一般的にそうしたほうが良いと思われること」を大切にします。Feであればそれは人間関係など人の感情面に適用され、Teであれば物事のセオリー(確立された手法)に適用されます。
一成も三角の仲間であるならば「劇団のみんなと過ごしたい」という個人的な感情にまっすぐに従ったら良いハズ。なのにどうして「自分がどうしたいのか全然わかんねー…」なんて言ったのかと言うと、第3機能にTeを所有するため、物事のセオリーのことも無視ができなかったからだと思います。

ESTJ型の天馬は「人生の中でたった数日間の公演と将来にわたって大きな糧となる留学とでは、有益なのは当然後者だと思う」と言いました。
天馬はポンコツと言われてますがTeが主機能であるため、物事のセオリーについて正確に考えることができます。ESTJのセオリーというのは「数的な損益」が代表されます。仕入れ単価300円の商品を400円で売ったら儲けはいくらになるのか?平均時速60kmで走ったら1日でどこまで行けるか?などの数値で表せる損得です。数値で表せるということ、は誰が見ても物事の大小・有無がわかります。1より10が大きくて、93より72は小さい…0とは無であるなど明確な価値です。
ですので天馬が言っていることは一般的にはとても正しいことなのです。たった5日(数時間)と50年だったら50年の方が大きい。「芸術で食べていきたい」なんて考えている人に「本場でアートを学べるチャンスがあります!」なんて話は、5日より大きな50年を実りあるものにするためには願ったり叶ったりのチャンスです。もし天馬が一成の立場であったなら留学を選んでいたかもしれません。でも天馬が問題としていたのはそこではありませんでした。

「お前も自分自身の気持ちを大事にしろ」

留学をしたほうが有益だとは思うというのはあくまでも天馬だからそう思うだけなのです。6幕のオーディションだって天馬が「チャンスを逃したくない」と思ったから受け、その後の映画撮影もそんな天馬の性格を知っていた夏組のメンバーが背中を押してくれたからオファーを受けることができました。そうした方がいいと言われたから、じゃなくて「オレがそうしたいと思ったから」。逆に天馬は「夏組のみんなと思い出を作りたい」という理由で仕事のチャンスを無下にしてしまっては後悔してしまいます。誰だってそうなわけではなく、それが皇天馬という男だからです。
天馬が自分で選んだように「将来の大きな時間を取るか、公演の数時間を取るか」結局選ぶのは一成自身だと言うことを、天馬は教えてくれました。若くからプロとして仕事をしてきた天馬ですから、きっと大人と同じように自分自身で道を選択しなければなければいけない場面がこれまでにもあったのかも知れません。何だかんだ言って天馬はまだ若いですがすごく大人だし自我がしっかりとある子です。

内向的感情Fiとはハッキリと言葉にできない「なんとなく」の気持ち

そしてまた三角の話に戻ります。三角は自分自身の「さびしい」と言う気持ちを上手く監督に説明することができませんでした。「もやもやする」「胸がぎゅうってなる」というとても曖昧な感情表現を用いています。「さびしい」というのは誰もがその状態を把握できるような一般的な感情表現法…つまりFeです。胸の中にある感情(Fi)に外から付けたネーミングが「さびしい」という一般的な感情(Fe)なんですね。(自分で言って今「なるほど…」と思っています)実際に三角の漠然とした感情の説明を「それはさびしいってことなんじゃないかな」とネーミングしたのは、Feが主機能の監督(ENFJ)です。

このように内向的感情Fiというのは外からネーミングをしてあげない限り、それがとういった感情なのか説明がつきにくいことが多いものらしい。実際一成も三角同様、自身のFiである「もやもや」の正体が何であるのかなかなか気付くことができませんでした。絵が描けなかったこと――この原因がずっと何なのかわからず、ただひたすらもやもやした気持ちを抱え、「絵を描こうとしているという状況」だけをただただ作っていました。

「絵を描くってことは公演じゃなく絵を選ぶことだってなんとなく感じていたんだと思う」

 この「なんとなく感じていた」というのがまさにFiっぽさです。理由はないけどそうであるということ。誰にも邪魔されない個人の感情です。もう最初から一成の中では「夏組のみんなとお芝居がしたい」という気持ちがあったのです。ただそれに異議を申すTeのセオリー。このFiとTeのせめぎ合いが、一成の決断をズルズルと引き伸ばしていたのです。しかしこのセオリーの存在も「自分の感情の真剣さ」を確かめるためには必要だったものですし、こうして悩みに悩んでその都度「これだ!」と思える選択をし続けていくこと――それこそが私は三好一成と言う人間の魅力なんだと思います。そして時にセオリーの価値も分かっているからこそ、感情だけに囚われすぎないところも彼の良いところだと私は思います。

三角のFiと天馬のTe、これは一成を構成する要素をわかりやすい例で示したものだったというわけですね。

U・M・C!~ドリームの見方をInspired~

『真夜中の住人』の時の東は「丞や紬のようにお芝居そのものを好きかどうかわからない」というところに悩み、少し自分と価値観の似通っていそうな誉に何故お芝居をしているのかと尋ねていました。東自身お芝居に対しては真面目に取り組んでいますが、やはり“芝居をすることによって発生する個人的な感情”があるからこそ、お芝居を愛しています。

同様に一成も「絵そのものが描きたい」というわけではなかったのです。絵そのものが描きたいのであれば、留学なんてすぐに即決していたハズです。イベントストーリーは3話くらいで終わります(笑)クレームものです。
一成の夢は画家でもデザイナーでもありません。ウルトラマルチクリエイターなのです。彼は絵そのものが描きたいわけではない――ありとあらゆるクリエイティブな手法を使い自己表現がしたいのです。これは絵に関してもデザインに関してもお芝居に関しても同じことが言えると思います。美大での学生生活や劇団の皆とのふれあいの中で発生する様々なひらめきと個人的な感情…それを作品として表現していくことを目指しているのでしょう。
それは「理想」のようにゴールの景色が明確に見えるものではありません。今夜自分がどんな夢を見るか我々が知ることができないように、一成の未来の夢も今の彼自身が知ることができる明確なものではないのです。

夢想とは「あてもないこと・心地の良い夢を心に思うこと」
このストーリーを読んだ人の中にもきっと「将来の夢がわからない」と悩んでいる方もいらっしゃると思います。彼のように新しい道を作っていくというのは荒野を開拓することですから、決して楽な道ではありません。しかし荒野を開拓したい気持ちを押さえつけて無理やり舗装された道を進むのは、それ以上にもっと辛いこと。周りや世間がどう思うかではなく、私たちも自分自身の進みたい道を選んで行ってもいいのだというメッセージが込められている素敵なストーリーだなぁと私は思いました。

総括

イベント開始当日は友人とご飯を食べる約束をしていたのですが、会うや否や「ねえ、一成って留年すんの?」って言われて笑いました。いや、留年はしない。通知よく読んで、留学!!!―とは言え私も通知で「留学」の文字が飛び込んできたのを見て「いや本人自ら壮大なネタバレするなよ!!!!」と心の中で思わずツッコミました(笑)

このストーリー、一成が主演のイベントストーリーということで少し難解ではあると思います。というのもやはり出来事を実際的に捉えてしまうと「一成は結局そんな些細なことで悩んでいたの?」と軽く感じる気がするからです。一成がENFP型であり物事を抽象的に捉える性格タイプであることを踏まえてきちんと考えていくとなるほどなーと思うし、すごく一成らしいストーリーだなぁと感じます。

今回もナイラン程ではないにしろ長くなってしまい申し訳ございません…!こんなことになるはずじゃなかった。いつもダラダラと長いうえクドい文章のブログではありますが、ここまで読んでくださりありがとうございました!目安箱にいただいていたご質問の中で、記事中で答えられなかった細かなものもあったのでそちらは別途ツイッターにて回答させていただきたいと思います。よろしければチェックしてみてください。

最後に…夏が終わる前に記事が書けて良かったです(笑)

 

▼Knights of Round IV THE STAGE▼