コペルニクス的転回

ソーシャルゲーム等のサブカルチャーを心理学的アプローチで考察しているブログです。その他コラム等も。

自己診断の罠①~Ne「直観」とSe「直感」の違い~

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先日はISFPと3年ぶりに同人イベントに行ってきましたー!いっぱいお買い物したわけではないのですが、ツイッターのフォロワーさんとお話したり、イベントの雰囲気を味わったりして楽しかったです。
本当ならばこの日のオンリーで二人で本を出したいねって言ってたんですが、まぁ当然ですができませんでした。出したいねって言ってた時点で「やれないだろうな」ってお互い思ってたのです…なんかそういう有益なことが一切できない間柄でして(笑)もし私達が何かを成し遂げることがあるとしたら、きっとISFJが間に居ることになるとは思います。いつになることやら!

さて、今回は久々(?)の基礎記事です~!!最近いろいろな人と話していた中で話題に上がることが多かったタイプの誤診についてひとつの仮説をまとめてみました。

ぼんやりと感じていた、誤診の多さ

実際お会いしたことのある知人の自己診断やアニメ等のキャラクター診断などを見ていると、明らかにタイプを誤診しているな~と感じることが今までかなり多くありました。私が自己診断の際の注意点などを書いていたのはそういったキッカケがあったのですが、いくら「客観的にゆっくり自己分析してみてね」と私が言ったところで「そもそも客観的な自己分析ってどうやるんだ?」と思ってしまう人というのはたくさん居ます。
診断テストで出たタイプを疑え!と言っても、そもそもどこをどうやって疑うのかがわからない。言葉の意味を論理的に理解することが難しい。などなど…私にはカンタンに感じることも、ある人には難しかったりするわけです。
そしてそれを理解することがMBTIの目的ですから、周囲の人たちの多大なる協力を得て、誤診の原因について暴いてみようとした次第です(笑)

 

誤診の原因、暴きます!!~直感と直観の違い~

誤診の多さナンバーワンのSeとNeについて

実際に自分の身の回りで起きる誤診の中で最も多かったのが、ESFPの方がENFPと誤診している事例です。同様にESTPがENTPに誤診する例もあるでしょう。
これらのNe優位タイプと親密になれる状況もそこまで多くはないと思いますので、なかなか比較ができないのも原因ではありますが、それ以外にも原因が見つかりましたのでご紹介させていただきます。
自己診断でENFPと出た!ENTPと出た!という方は特に、一読いただけると嬉しいです!

まずはざっくりとSeとNeの機能をおさらいしましょう。

外向的感覚(Se)
ありのままを知覚(直感
 「BBQだー!お肉おいしいけど、気温が暑くてつらい~。でも大好きな仲間と過ごす夏は楽しくてサイコーだなぁ!!あっ、カントリーマアムも焼こうよ!!クッキーさくさくになるよ!」

外向的直観(Ne)
・物事の“本質”を知覚(直観
 「BBQだー!こうして青空の下で皆でお肉を焼いて食べるだけで、家で食べるのとは比べものにならないほど楽しい雰囲気になって美味しく感じるのって不思議だと思わない?」

ESFPとENFPっぽい例を出してみました!
この二人はともにBBQを楽しんでいますが「お肉を焼いて食べる」という光景を見て頭に入ってくる情報、そしてそれを見て感じることがSeとNeではカナリ違っています。
「アイデア」や「ひらめき」と言ってもこの2タイプはそれぞれ意味が全く違います。一言で言えばSeは「直感」、Neは「直観」なのですが、どうもこの2つの意味を取り違えてしまうことで誤診が起きているのだということに我々は気付きました…!!

「直感」と「直観」って同じじゃないの?

ではさっそく「直感」と「直観」の意味をそれぞれ確認してみましょう。
分かりやすい記事を見つけたのでご紹介させていただきます!

こちらの記事では

直感(Se)を「なんとなく肌で感じるもの」
直観(Ne)を「全体像を把握して本質を見抜く、哲学的なもの」

と書かれています。

Seの直感は“野生の勘!”

Seの直感は「なぜか分からないけどピンときた!」と感じるものです。Seは無意識領域に内向的直観(Ni)を持っていますので、突然宛先がわからないところからEメールを受信して司令を受けるようにしてこの直感がはたらきます。「なんとなくこの学校は私に合いそう!」「なんとなくひと目見たときからこの部屋は良いと思った」など、なぜその学校や部屋を良いと思ったのかという具体的な理由が存在しないことが特徴です。
私はSe特有の「なんとなく」な直感のことを野生の勘と呼んでいます。
ジャンプ作品などに見られる活気のある主人公タイプの典型例はこの“野生の勘”を持っているSeです。かなりの割合でENFPと勘違いされているようですが、「無鉄砲」「考えるより先に行動する」などSeの代表的な特徴を明確に持ったキャラクターが多く、おそらくその野生の勘を直観機能と勘違いしている代表的な例かなと思います。

Nが劣等機能ならこの直感は当たらないんじゃない?と思われるかもしれませんが、この野生の勘は別に当たらないわけではないです。Niという機能は無意識下なので直接アクセスできないだけで私たちの精神の奥底でコツコツと日々活動を続けているのですが、これがSeのエネルギー源となっているのです。

しかし、無意識の中で「物事がどう推移していくか?」という抽象データをSeはこっそり蓄積しているという事実から目を背けてしまうと、この野生の勘の力を上手く発揮することができません。野生の勘が発揮できないと、危険を顧みずにスリルを追求しすぎたり楽しいことにのめり込みすぎてしまい、危険な目にあってしまう傾向にあります。天災の前にそこに居た動物がいっきに居なくなってしまうのは動物が本来持っている「野生の勘」が由来しているように、Se所持者のNiとはその人が危険な目にあわないようにこっそりと管理してくれているのです。

Neの直観は“洞察力!”

一方でNeの直観は「つまりはこういうことだろう」の機能です。あまり認知されていませんがNeはかなり論理性のある機能です。直観は無意識下にあるSiの影響を受けますので、細やかな経験則に基づくデータベースによって導き出されます。
Seの直感には理由が存在しないと言いましたがNeの直観には具体的な理由が存在します。それもそうです、無意識下とは言えSiデータベースという実際的かつ細かい情報という根拠を伴っていますからね。そのため、Ne使用者は「理屈っぽい」と感じられることもあるかもしれません。彼らは意義のない「なんとなく」な行動はしないという性質を持っています。

Neの特徴として「ある特定の知覚を別の概念と結びつける」性質があります。私はコンピュータシステムに強く、初めて見たシステムでもカンタンに仕組みが分かってしまうのですが、それもNe特有の目には見えないパターン性の知覚ができているからです。例えばSeが「イチゴとリンゴとチェリーがある!」と知覚するところをNeは「赤いフルーツがある」と、共通点を軸にざっくりと知覚します。「赤」というのは色であるから視覚情報じゃないか!?と感じるかもしれませんが、イチゴやリンゴという食べ物を知っているにも関わらず「赤いフルーツ」と知覚しているということはフルーツそのものではなく「共通点=目には見えないパターン性」を知覚しているのです。イチゴやリンゴを知らなければ「なんか赤いフルーツがあったよ」となるでしょうけど、そうではありません。
こうしたざっくりとした知覚をすることでNeは物事が非常にシンプルな構造に見えています。ですから複雑なシステムもかんたんに捉えることができ、それが「本質を見抜く力」に繋がるのです。逆に言えば、赤いフルーツがあったことは覚えていても細かな種類までは覚えていません(笑)これらのデータを貯蔵しているのが無意識下のSiですので直接はアクセスできません。

よってNeの直観というのは一瞬で物事の本質を見抜く洞察力です。Neが主機能の人はSeのスピードと変わらぬ速度で瞬時に物事の本質を見抜きます。

ですが無意識下のSiに目を背けてしまうとSeの野生の勘と同様に洞察力も上手く発揮することができません。Siのデータベースを参照しないNeの発言は、ただ現実からかけ離れた「思いつき」の発想に過ぎません。洞察とは物事の本質をつくことですから、このSiのデータベースが正常に働くことによってこのタイプの人たちの未来を予測する力につながっているのです。

A3!で見る、「直感」と「直観」

さて、A3!のストーリーでこの「直感」や「直観」が使われているところを見ていきましょうか。

まずSeの「直感」、これはESTPの万里が兵頭十座という人間に惹かれたことなどが代表的でしょうか。後に1周年イベント『咲かせよう!エールでMANKAI☆』のストーリー内でもこの不思議なについて語っています。
またESFPのシトロンが1幕のストーリー内で至が怪我の痛みを我慢していることを瞬時に察知しましたが、これもまさに野生の勘でしょう。言葉の意味そのままですが、もし二人が野生に生きていたとしたら「相手が怪我をしている」と察知することは狩りにおいて非常に有利な知覚です。仲間思いで愛情深いシトロンは、その野生の勘を使って至が苦しまないように理解・危機管理をしてあげていました!

一方でNeの「直観」、これはENTP誉の「まごころルーペ」のくだりが代表的ですね。直観は「全体像を把握して本質を見抜く」機能ですが、誉はそのまま冬組に起きている全体的な不和の流れを把握し、どこが問題になっているかという本質を見抜いていました。また、Neは「つまりこういうことだろう」の機能だと言いましたが、誉はこの「つまり○○ということ」という言葉をよく発しています(笑)
また同様にENFPの東も同様に、『真夜中の住人』では特にこの洞察力をフルに使って公演に臨んでいましたね!私はあのお話の東と丞のやりとりを「抽象と具体」に例えているのですが、二人は知覚している世界がNeとSiで違うにも関わらず会話が成立しているのです。それは抽象的概念は具体性によって導かれているからという、まさに先に説明した「Neの直観には理由(Si)がある」ということをそのまま体現したものを見ることができます(笑)

Ne東「ほら、窓の外。朝だよ」(悲しいことはやがて終わるという抽象的な概念)
Si丞「もうこんな時間か」(明け方の時間まで起きてしまったという具体的な数値を伴う情報)
Ne東「ここから見える朝日がこんなにキレイだなんて~」(悲しみの後の多幸感の美しさを表現した抽象的な概念)
Si丞「最上階で、見晴らしいいですしね」(高層階という具体的数値を伴う情報) 

 このようにセリフに解説をつけると分かりやすいでしょうか。東は「朝日」そのものをキレイと言っているわけではありません。Siのデータベースへのアクセス権を持つ丞の情報からすると「曙~朝ぼらけの時間帯に見られるような辺りがほのぼのと明るくなりかける頃の太陽を、見晴らしの良い高台から見ている」この具体的情報を東は「精神的なもの」に例え哲学的に捉えているのです。直観を「哲学的なもの」と言っていますがこの会話を見てみると、Neがすごく抽象的で概念的で哲学的だということが分かるでしょう。(難しければ目安箱でまた聞いてね!)

 

総括!

さて久々の基礎記事、いかがでしたでしょうか?これを書いたきっかけが、診断でENFPと出ていた子の卒業文集などを見ていたのがきっかけです。作文というのはかなり心理機能が出るものだと思っているのですが、The感覚Se!な文章だったんですよね。自分が感じたことを思いのままに書き連ねていくというスタイルで、ENFPのメタ的視点による校正校閲がかかった文章とは大きな違いがあったのです。結果的に、彼女はESFP。天真爛漫でとても素直な子です。

今回SeとNeの違いを詳しく説明させていただきましたが、Neという機能が理解しにくいというのはでも自分でもそうなんだろうな~とは思います。周囲に居たとしても親密でないとなかなか意図がわかりにくいかもしれないですし、未だに私はSFPなどからは「さえちゃんはよくわからない」と言われますからね。それは彼女たちが理屈で物事を理解するタイプではなく、感覚的に物事を理解するタイプだから、というのも理由のひとつでしょう。知覚機能ひとつ違えば、他者に対する情報処理のしかたも違って当然です。面白いですね!

SiとNiの違いなんかの記事も、いつか書けたらいいですね。私にとって多少難易度が高いものにはなりますが…(笑)